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昔の写真や、旅先で撮った写真を、恥ずかしながらご紹介しています。
素人が撮ったヘタな写真ですが、お時間のある方は、ぜひ コチラ もどうぞ。


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老い   
2007/03/29 /01:54
もう 10日も前のことになりますが、 東京で楽しい夜を
過ごした
翌日、朝早くから初めての土地へと出かけて
来ました。

fuji
( 横浜で全く見られなかった富士山 は、意外にも叔父
のマンションの窓から普通に見えました。 笑 )

Tokyo

冬は自分でドアを開閉しないといけない電車に乗って
老人ホームに入った祖母に面会しに行ったのですが
彼女の顔を見て、私は笑うことができませんでした。

祖母はもともと東京の人。
これまで一度も一緒に住んだことがないのに、なぜか
私はおばあちゃんっ子と言ってもいいくらいに、祖母の
ことが大好きで、長期休みにはいつも会いに行ってい
ました。

明治生まれの彼女は、年に似合わずとてもスタイルが
よく、オシャレな人。
朝起きるとすぐに、サラサラとした生地のワンピースに
着替えて化粧を始める人でした。

朝食時にはグレープフルーツを祖父と半分ずつ食べて
国営放送の連続ドラマと相撲が大好き。
また、巨人をこよなく愛し、試合に勝った夜には全部の
チャンネルの、全部のスポーツニュースをチェックして
から 「やっぱり勝ってる!」 と安心して眠る人でした。

鎌倉彫りと編み物が好きで、テーブルに向かっていつ
も何かを作っている人でした。。。

Tokyo
( 祖母が彫った八重桜のお盆。 )

90歳になっても私たちと普通に会話を楽しみ、 1人で
外にも出かけていたのに、2001年に病気で祖父を亡く
してから 1人暮らしになったのが悪かったのでしょう。

朝晩は近くにいる叔父が様子を見に行っていましたが
日中の会話が減ることが、こんなにも脳の老化を進め
てしまうのか ・・・ と驚かされるほど、祖母はだんだん
ボンヤリするようになってしまいました。

そもそも祖母が老人ホームに入ったのは、面倒を見て
いた一番近くに住む叔父が多忙なこと。 そして叔母の
体調がすぐれなかったこと、などからでした。

その後、叔母が入院してしまったので、叔父は祖母と
叔母の間を行ったり来たり ・・・ 70歳を越えた叔父にも
楽な仕事ではありません。
もう、仕方のないことだったのです。

Tokyo

新幹線と在来線、そしてタクシーを乗り継ぎ、 2時間
かけて着いた老人ホームの一室に、祖母はいました。

車椅子に座り、黒い手提げの袋を持って、不思議そう
な顔をして中を覗き込んでいました。

私が 「おばあちゃん、久しぶり。分かる?」 と聞くと
ニッコリ笑って手を差し出し、「分かるわよ~。」 と。

しょっちゅう行ってるイトコのまあちゃんのことでも、もう
名前が思い出せないと聞いていたので、安心しました。
何だ、会ってなくても意外に覚えてるんじゃない!!

しかしその安心も、しばらく後に消え去るのでした。

介護の担当の女性が部屋に入って来て、 「失礼です
けど、イトコさんですか?」
と聞いてきました。
?? と思いながらも、 「いえ、孫です。」 と答えると
「ずっと、 "イトコが来るの" っておっしゃってたん
ですよ。」
とのこと。

「おばあちゃん! 私までおばあちゃんにしないで
よ~。 そんなに年取ってないよ?」

と笑って言いましたが、胸がツーンと痛くなりました。

そして、 「私の名前、覚えてる?」 と聞くと、 「ん~
思い出せない。 住所録には書いてあるのよ。」

でも、 「黄色い鳥がいたことは覚えてる。」 と言って
くれたのは、とてもうれしかったです。

その後も、 「醤油がそこにあるはずなのよ。」 と、
1つのことに異様に拘りを見せたり、同じことを何度も
言ったり、テレビをただ見続けたり ・・・ 。
「 1日中こうしてるのよ。」 と、悲しそうに笑いました。

Tokyo
( 祖母のぬり絵作品。)

突然、 「私は何でこんな所にいるのか、何がどう
なってるのか、サッパリ分からないのよ。」
と納得
いかない様子で言い出したりするのですが、最初に
納得して入居したのが、すでに脳の働きが鈍ってて
情報処理がうまくいっていないのだと感じました。

きっと、次に会う時には、悲しいけれど、私の顔も思い
出せなくなっていることでしょう。

いつも手編みのカーディガンを着ていたおばあちゃん。

一緒に軽井沢に行った時、電車に間に合わない! と
駅まで走ってくれたおばあちゃん。

教会のバザーで買ったドレッシングを、サラダにたくさ
んかけてくれたおばあちゃん ・・・ 。

まだまだ長生きして欲しいけど、今回ほど自分の無能
さを感じたことはありませんでした。
あのおばあちゃんが、こんな風になってしまうなんて。

いずれ、両親が介護の対象になる日もくるでしょう。
祖母の面倒を見る叔父がすでに高齢なように、両親を
介護する時、自分も ・・・ 。

そんな事を考えると、少し将来が怖くなりました。
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日常 Comment(6) Trackback(0) Page top↑

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ちょっとづつ
ゴンちゃん、おばあちゃん、嬉しかっただろうね。
よかったね、きっと、知ってる顔でもそれが誰か、
ということは覚えていなくても、大事な人が会いに来た、
ってことはちゃんとわかってみえるね。

姉の旦那は、アルツハイマーのお母さんと一緒に
暮らしてるんだけど、彼が昔言ってた。

そこに確かにその人(母親)はいるんだけれども、
 “時間をかけてゆっくりゆっくり、お別れして行ってる”
んだって・・・。

そうして、記憶の中のあったかな部分へと、
現在進行形の記憶や情報はそのままで
戻っていかはるんだよなぁ・・・って感じます。

どこか、あったかい、優しい場所へ。

それまでの、葛藤の時期が辛いんだろうな・・・。

親の老後を思う時、私も本当に不安になるよ。
もう、そういう年齢だからね・・・。

ゴンちゃん、おばあちゃんの絵さぁ、
信じられないくらい、色が鮮やかだねぇ。
Posted by : やっこ + 2007.03.29 (16:36) + URLEDIT
私は20代前半には祖父母全員なくなっているので、おばあ様がいらっしゃるGonさんが羨ましいのですが、元気でおしゃれだったおばあ様が老いて、いろいろ忘れていってしまわれる姿をみるのは辛いことと思います。そう、Gonさんがおっしゃるように、自分の両親もやはり確実に老いていって、いつかは・・・と分かってはいるけれども、考えるのは辛いですね。
Posted by : michi + 2007.03.29 (18:00) + URL + EDIT
思わず、自分の祖母を思い出しちゃったなぁ。
父方の祖母なんだけど、私が初孫だったせいもあって可愛がってもらってたなぁ。
身体を壊して入院したらあっという間に誰が誰だか、何が何だかわからなくなっちゃってね~...
なまじ体力とかがあったから暴れないように、はいかいしないように、ベッドに縛り付けられてね...しかも、肺炎にかかっちゃってて喉の凄く渇いているのに、水を一切飲ませてもらえなくて、本当に可哀想だったな。

痴呆の病院にしばらくいたけれど、間もなく亡くなってね、何だか親族一同はホッとしたもんだったわ。

Gonさんのおばあさまは素敵な人だね。Gonさんの事がわからなくなってきても、素敵さが伝わるよ。お人柄ってあるよね~。

おばあさまお手製のお盆には目を奪われてしまったわ!美しいな~...

親の老後はね...確かに不安になるよね~。こういうときに兄弟がいるっていいなって思うわ。例え、まったく頼りにならなそうな弟でも。
Posted by : あき + 2007.03.29 (18:03) + URLEDIT
そうですね
やっこさん、お待たせしてすみませんでした。
ちゃんとお返事したくて、ずいぶん長い時間をいただいて
しまいました。

祖母はついこの前まで自分で料理をしながら編み物や
鎌倉彫りをしていた人なので、今回会いに行った時の顔が
別人のように変わっていたのがとてもショックでしたが
部屋に入った時に、「よく来たね~」 と手を伸ばしてくれた
のがとてもうれしかったです。
その後に、「どっから来たの?」って言われちゃいました
けどね。。。

今回私は、祖母の毎日の生活の、ほんの数時間分しか
窺い知ることができなかったのですが、彼女が何をするにも
人の手を必要としていることに、まだ納得していないので
とても気を使いました。
お義兄さんはずっと一緒なので、本当に毎日気の抜けない
毎日を過ごされているのでしょうね。

> "時間をかけてゆっくりゆっくり、お別れして行ってる"

この言葉はとても胸が痛みます。
目の前にいるのは確かにその人なのに、その人が発する
言葉、起こす行動、全てがまるで別の人みたいで・・・。

いずれ両親もそんな時期がくるかも知れない。
そう思うと本当に不安になります。
そういう事がだんだん現実味を帯びてきた年に、私たちも
なってきたんですね。

祖母の絵、私もビックリしました。
彼女は花が大好きで、編み物や鎌倉彫りのデザインの
ためにも生花やファッション誌も見ていたので、そいうのが
記憶の奥に残っているのだと思います。
本当にどうもありがとう。
Posted by : Gon + 2007.04.01 (12:03) + URLEDIT
michi さん、お待たせしてすみませんでした。
ちゃんとお返事したくて、ずいぶん長い時間をいただいて
しまいました。

家系的にわりと長寿なのか、父方の祖母が、私の生まれる
前に亡くなったのを除けば、みな90歳を越えても元気で
ほとんどボケたりすることもありませんでした。
今はもうこの祖母だけなのですが、記憶の中の祖母と
目の前にいる祖母とのギャップが大きくて、しばらくは
ショックから立ち直れませんでした。

自分も年齢を重ねているのだから、親も同じく年を取って
いるのですが、いずれ両親も・・・というのは、考えるだけで
本当に辛いことですよね。
Posted by : Gon + 2007.04.01 (12:13) + URLEDIT
あきさん、お待たせしてすみませんでした。
ちゃんとお返事したくて、ずいぶん長い時間をいただいて
しまいました。

おばあちゃま、とても辛かったでしょうね。
特に元気で何でもやってきた人にとっては、自分で何も
できなくなることは、決して受け入れられないと思います。
でも、自分で生活してた時はシャンとしていても、入院
するとどうしても何が何だか分からなくなっちゃうもの
なんですね。。。

ウチの祖母も、何でも自分でやってきただけに、トイレの
世話をしてもらうのが誰よりも嫌みたいで、私がいた時も
何度聞いても 「大丈夫」 って言ってたのに、本当は
我慢していたんですよね、、、
今では自分で立ち上がるのも禁止されて、ベッドから
起き上がるとナースコールがなるようになってる・・・。
本人はそれを知らないで、「何かしようとすると、どっか
から人が飛んで来るのよ。」 って言ってますが。。。

鎌倉彫り、祖母は少しだけ教えていたの。
本当は、このお盆1枚にもものすごいお金がかかるから
親戚一同けっこう反対していたみたいだけど、手先を
使っていたから、90歳を過ぎてもあまりボケなかったの
だと私は思っています。
私が3月生まれということもあって、桜のお盆を祖母が
元気な時に、親戚に黙ってコッソリもらってきたのだけど
次は薊のお盆を彫ってくれる約束だったんですよね。
今では叶わぬ約束になってしまったけど・・・。

親の老後・・・とても不安だけど、ウチの全く頼りにならない
弟も、かなり不安なんだけど。。。(笑)
我が家では、「ウチの長男、何してんの?」 というのが
事あるごとに交わされる質問です。
Posted by : Gon + 2007.04.01 (12:32) + URLEDIT














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